yamaさん(50代)|「漢字が書けない」からはじまった、デザイナーの挑戦と葛藤
「大人のLD体験談」第六回目は書字障害の困難さを抱えながら、デザイン会社を経営するyamaさん(50代)です。LDの特性を活かし、独自の視点でデザインの世界を切り開いたyamaさんの困りごとに対する工夫と、仕事に対する向き合い方をお伺いしました。インタビュアー:Ledesone Ten
LDの困りごとについて教えてください
小さい頃から書字障害に似た困りごとがありました。
特に漢字を書くことに苦労しており、読める漢字は多かったものの、いざ書こうとすると全く思い出せず、書けないということが頻繁にありました。
当時はLDについての情報はほとんど得られなかったので、単に自分の勉強が足りないからだと考えていました。
しかし、最近になってこれが特性からくる困りごとであると気づき、それも自分の一部として受け入れるようになりました。自分の特性を理解することで、困りごとに対する対処法も見つけやすくなりました。
現在のお仕事について教えてください
現在は広告デザインのビジュアル編集の仕事をしています。ちょっとニッチな分野ですが、レタッチなど最終的な広告ビジュアルを作成する仕事です。写真の加工・編集からCGと組み合わせたり、雰囲気をまとめたりということを行っています。友人とともに会社を経営していて、プレイヤーとして手を動かしながら、経営にも携わっています。
学校時代の困りごとと得意科目について教えてください
小学校から高校生までを振り返ると、学習の中で特に困難だったのは漢字の書き取りと英語の学習でした。算数や数学は中学校レベルまでは問題なく解けていたものの、漢字は非常に大変でした。覚えても覚えても、思い出せない。英語も漢字と同じように全く身につきませんでした。文章題なども、数学では困ったことはなかったんです。読むほうに関しては、あまり困ったという経験を持つことはなかったんです。だから「LDなのかな?」というのも、最初のうちは懐疑的でした。
漢字の困りごとについて教えてください
漢字に関する困りごとも、読むことができても書くことができないというものでした。私は記憶の方法として、イメージで覚えているんです。漢字の言葉から感じる色や匂いなどの雰囲気で記憶してしまうので、それを再現しようとしたときにその漢字の「形」が出てこない。
なんとなく「とんがったようなかんじ」とかあいまいなイメージはあるのですが、再現ができない。見れば読めるのですが、書けないという状態ですね。
家庭環境について教えてください
父親と母親、そして姉がいます。母親はパートもしていましたが、専業主婦です。父親はサラリーマンで、海外出張が多く、家に不在のことが多かったです。父親は大卒で英語が得意だったので、私が英語がわからないときには、よく「なんでわからんのや!」とつっこまれました。
「俺が教えてやる!」みたいなことも言い出して、正直迷惑でしたね(笑)。姉も大学まで進学しましたが、私は高校卒業後に専門学校に進学し、自分に合った道を模索しました。
文字を書くことへの家族からのサポートについて教えてください
今はもう開き直っていますが、当時は書けないということを「恥ずかしいな」と思っていました。なので特に家族からサポートしてもらったという経験はないと思います。
特に、急だったり焦ったりすると、落ち着いていたら書ける漢字も書けなくなってしまうので、大変でした。
今はもう自分の特性を受け入れ、スマホで確認したり、周りの人にお願いして書いてもらったりしています。
高校の進学と受験について教えてください
高校は普通科でした。受験はほぼほぼ、数学での一本で勝負でしたね。国語については、漢字は難しかったのですが、選択問題などは書けたので、なんとかがんばりました。理科と社会も平均ぐらいでしたが、英語が低くて。そこを数学で補うというかたちで、やりくりしていたという感じですね。
好きなことや得意なことについて教えてください
これは今の仕事にも通じるのですが、私は目標を定めたら、道筋を分析し、問題解決しながら目標に向かって努力するほうが得意です。
仕事においても、コツコツ積み上げて成果を出していくものよりも、クライアントの希望する成果に対してどのような道筋で作り上げていくのが最適なのかを考え、取り組んでいくほうが得意ですし、好きですね。
美術や建築系のお仕事をされている方によく小さいころから美術や写真が好きだったと伺うことが多いのですがyamaさんはどんなお子さんでしたか?
ブロックは好きでしたね。あとはやっぱり、絵をよく描いていました。写真自体は、学生時代は特に興味はなかったんです。仕事を通じて興味を持ち、スキルを磨き、キャリアを築いてきました。
ただ、転職活動では、四年制大学卒業でないと門前払いされることが多くて。そういう意味では自分の学力に凸凹があるのは、転職においてはすごく不利だと思います。
高校卒業後、専門学校を経て最初の仕事に就職する際には、いくつかの会社でペーパーテストに失敗したり、字が書けないことで困難を感じることもありました。結局受かったのは面接だけの会社でした。
最初の会社について教えてください。
最初に入社した会社では製版を担当していました。今ならillustratorやPhotoshopで行う作業をすべて手作業でやる時代だったんです。その後DTPへ移行し、そこでPhotoshopを触るようになって「おもしろい!」と思ってハマっていきました。
当時はまだデジタル加工業界が超初期だったので、電線を消すだけですごく稼げるような時代だったんです。自分もやっていてすごく楽しいし、稼げる。営業の人に声をかけたりして、最初の会社で9年ほど働いた後に転職しました。
いろいろ経験しましたがやっぱり写真が好きだったので、写真業界で商業写真の仕事を経て、カメラマンの事務所での経験を積みました。その後、レタッチが注目され始めたこともあり、別会社のレタッチ部門の立ち上げに関わったりもしてきました。
これまでのキャリアを振り返って、自分に合う仕事ってどんなものだと思いますか?
私は、リアルタイムですぐ判断しなくてはいけない仕事よりも、いったん持ち帰って、しっかり考えて作り上げる仕事のほうが向いているなと感じます。
なぜかというと、私は一つの課題に対して、複数の視点からの問題解決方法をたくさん思いついちゃうんです。その中で、どの解決方法を選択していいかすぐに判断ができない場合が多くあります。そこでいったん持ち帰って熟考することで、クライアントにとってのベストな提案ができる。
自分の特性の「漢字が書けない」というのは、イメージがぼやっとして解像度が低い状態が近いんですけど、それももしかするともっと大きい画像で考えているからかもしれません。
普通の人が「●×」くらいの大きさで考えているものを、私はオセロ盤くらいの大きさでイメージしているんだと思います。なので、一つの課題に対しても、さまざまな解決方法や視点が思いつくし、原因も何パターンも思いつく。クライアントからすると「いや、そこまでは求めていません」となってしまうこともあります。
そのため、クライアントが本当に求めているものは何か、課題を解決するのに最低限必要なモノや道筋などを一度じっくり考える時間がある仕事が自分には合っていると思います。
今の仕事のココが自分に合っているなと感じる点はどこですか?
私は全体感や構造を認知するのが得意だと思っています。クライアントと話している最中に、最終的なラフまでパッと思いつくんですね。
レタッチはイメージの世界なので、言葉できっちり詰めて考えるというより、もや~っとしたものの解像度をだんだん上げていく。そこのイメージの掴み方やコントロールの仕方は得意だと思うので、本当に天職だなと思っています。
ただ、私のような特性の人すべてにあてはまるのかと言われると、わからないですが…。今後はAIに置き換わっていく可能性もありますしね。
仕事を通して困ったことや工夫したことについて教えてください
私は学習というものに苦手意識があります。未診断ですが、ディスグラフィアではないかと思っていて、その脳の特性というか、思考の癖が影響する学習の難しさが困りごとになっています。
1年ほど前に「ディスレクシアだから大丈夫」という本を読んで、初めて「自分もそうなのかも」と思ったんですね。その本の中で、「自分の得意なことと苦手なことは表裏一体の関係だ」という記述があります。自分では「この伝え方が一番」と思っていても、そうではない人にとっては、全く理解されないこともある。
会社を経営する側として人材を育成したり教育する立場になってみると、ディスクレシアではない人たちにとっては、自分の考え方は違和感があるのかもしれないと気がつきました。特に、スキルを教えているときに、自分のやり方を伝えると「え?」って言われたり、通じなかったりすることが非常に多いんです。
そもそも、ディスクレシアと、そうではない人とでは物事の捉え方が違うということをすごく感じます。自分が「なんで漢字書けないの?」と言われて困るように、自分も他の人に対して同じようなことをしているのではないか。そういったすれ違いが非常に多いということに気がつきました。
現在、会社経営を一緒にされているご友人とうまくやり取りする方法や工夫について教えてください。
私の場合は、人との関わりを最小限にしています。以前、アシスタントをつけたこともありましたが、やっぱりうまく伝わらなかったんです。
当時は自分の特性についても理解していませんでしたので、なぜ伝わらないのかもわからなかった。結果的に社内の別のスタッフに聞きに行ってしまったり、意見の違いや衝突が生じることがあり、「これは関わらないほうがいいな」と。特に教育や育成に関しては今はなるべく関わらないようにしています。
でも、関わらずに仕事をすることが難しいと感じることはありませんか?
確かに難しい部分もありますが、特に教育に関しては自分が担当しない方がうまくいくと感じています。
ある程度技術が身につくと、関わってもわかり合えることが多いのですが。
ただ本当に初期のスタッフ教育の点においては、「難しい」と感じることが私にとっては全然簡単に感じることだったりするので、教えるのが非常に難しいんですね。逆に私にとって「これは難しい」ということが、他の人にとってはそうでもないということが多い。
学生時代に勉強で苦労したことが、社会人になってひっくり返って「教える」ということにおいても苦労している状況ですね。
会社経営についても考え方が異なると感じる点はありますか?
会社経営の方針や進め方については、共同経営者と意見が異なることもあります。自分が考える未来の展望や方針を提示しても理解が得られないことがあり、特に人事の問題では、自分にとっては合理的に思える解決策を提案しても、衝突が生じることがありました。
ものすごく揉めて悩んで、その時に自分のことを調べまくったんです。その時に「ディスレクシア」「LD」という言葉を知りました。「これだ!」と思って、一緒に経営している友人に自分の特性を伝えたら、非常に納得してくれました。今ではかなり理解してくれています。自分の特性を周囲に伝えることの重要性を感じた経験でもありますね。
日常生活での困りごとや工夫について教えてください
私は読みに関する困りごとはないので、スマホやECサイトの利用には問題がありません。一番困るのが、書類を書く時です。特に手書きで漢字を書くことが難しく、役職名などを書く際に苦労することがあります。
そのため、役職名を「代表取締役」などではなく、「社長」や「役員」といった簡単なもので済ませることが多いです。手書きの書類が世の中からなくなれば良いと思っています(笑)。
手書きが必要な状況では、周囲の人に頼むことが多いです。文章自体は基本的にパソコンで打ち込み、その後に周りの人に書いてもらうこともあります。
今後使ってみたいツールやアプリについて教えてください
読み上げソフトなどのツールはすでに多く存在していますが、書くことに関しても今後さらに便利なツールが登場することを期待しています。
デジタル化が進む中で、こうしたツールがもっと発展し、使いやすくなれば、書くことに関する困難もかなり軽減されると考えています。コロナ禍で行政などもデジタル化が進んでいるのはありがたいですが、まだ手書きが必要な場面が残っているため、さらなる進化に期待しています。
特に、進んでほしいのは学習の面ですね。まだまだ学歴が重視される社会なので、できるのに書けないだけで評価が下がってしまったり、選択の幅が狭くなってしまうのはもったいないです。
この点については、個々の強みや特性をより重視する評価基準が整うことが望ましいと思います。特に、これからの世代の子どもたちがその特性を最大限に生かせるような社会が築かれることを願っています。
LDを持つ子どもたちへのメッセージはありますか?
LD(学習障害)を持つ子どもたちには、総合的な評価も重要ですが、何よりも個々の特性や強みを見つけ、伸ばすことが非常に大切です。
一人ひとりの個性を尊重し、その特性を最大限に活かせる社会を築くことができればいいですよね。例えば、海外では特定の能力や特性を重視する取り組みが進んでいるので、日本もその方向に進むと良いと感じています。
いま悩んでいる子どもたちへはどんなことを言ってあげたいですか?
株式会社「刀」のCEO 森岡さんが著書の中で「苦手な分野をがんばっても、自分の強みにはならない。自分の強みを伸ばそう」って言っていたんですね。その言葉が本当に素晴らしいなと思っていて。自分の強みを見つけ、それを活かす方法を探っていくことが大切だと思いますね。
とはいえ、自分の子どもには「総合的に成績をあげよう」って言ってしまうんですけどね。
最後影響を受けた人や出会えて良かった人について教えてください
これまでの人生で、特に広告や写真の業界で出会った人たちには多大な影響を受けています。
この業界では個々の思想や学歴よりも、自分の実力のみが評価されるため、非常に救われました。
以前の環境では「こんなこともできないの?」とか「高卒なのに」とか言われることもあったんですが、広告業界はそういうことが少ないと思います。
自分の特性を理解し、強みを活かすことができる環境に身を置くことで、実力が発揮できているなと感じています。