ディスレクシア(発達性読み書き障害)は治るのか?|治療法という言葉がミスマッチな理由

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【記事執筆者】

株式会社 宮﨑言語療法室   言語聴覚士 宮崎圭佑

学習障害(ディスレクシア,算数障害) への触覚学習利用を専門としています。【経歴】京都大学大学院 人間健康科学系専攻 脳機能リハビリテーション科学分野卒業,医療機関,京都大学医学部付属病院 精神科診療部を経て宮﨑言語療法室(株)を開業 


 

オンラインで「読み」の評価を受ける44歳Dyslexia男性

 

日々、ディスレクシア(発達性読み書き障害)の方の電話相談を受けていると「ディスレクシアは治りますか?」と質問される事が多いです。また病院での受診や学校で「高学年になると治らないと言われました」とお話を聞く事もあります。

ディスレクシアは「生まれ持った脳の特性」により読み書きに困難を抱える状況を指し示すので、一般的な「病気」の文脈で、ディスレクシアが「治る/治らない」という表現は、ややミスマッチであると考えています。一方で、持って生まれた読み書きの特性は、生涯を通して固定的なものでもありません。

近年の研究では、読み書きの苦手さは、早期トレーニングによって、脳機能の変化により、程度は改善することも報告されています。とはいえ、生まれ持った読み書きに困難を抱える脳の特性が、非ディスレクシアの方と全く同じになるわけではありません。

これら「トレーニングによる機能改善」に加えて「本人の認知特性に合う勉強方法」「ICT機器の利用」も組み合わせて、読み書きの「総合的な負担」を減らしていく事が大切になります。(読み書きの負担が原因で、学ぶ事自体が嫌いにならないようにする事が大切です)

この記事では小児〜成人において、どのように機能改善の余地があるのか?について説明したいと考えています。

 

ディスレクシア(発達性読み書き障害)の特徴

【読み】読むのが苦手でスラスラと読めない,読むと疲れてしまう,読み間違いが多い

【書字】カタカナや漢字などを覚えるのが苦手,文字が崩れて整わない,書き間違いが多い

 

ディスレクシ(発達性読み書き障害)の脳の特性とは?

 

 

ディスレクシアは「読み」と「書字」に負担や困難が生じる認知機能特性です。

文字を見て頭の中で、文字と「読み(音)」と結びつけるデコーディング機能や、文字のカタチや文字列のまとまりを視覚的に捉えたり、頭の中で想起したりする視覚認知機能などに、弱さを抱えています。それら認知過程の弱さの組み合わせスペクトラム(帯状の濃淡)として表されます。

「読み」においては、読むと疲れやすい、読むのが遅い、読み間違いが多いなど特徴があげられます。書くことも苦手な事が多く、書く文字が不正確だったり、また漢字や英単語を繰り返し書いても覚えるのが苦手だったりします。

 

 

 

fMRI(脳機能イメージング)でディスレクシアの脳を調べた研究報告では、デコーディング機能の問題は、脳の左頭頂側頭部(縁上回,下頭頂小葉)の活動の弱さとの関連が報告されています。

また視覚認知機能の問題は、左後頭側頭回(紡錘状回)の活動の弱さが報告されています。

さらに、2つの機能の弱さを補う為に、下前頭回(ブローカ野)の特徴的な活動増加パターンも報告されており代償的な読み方で補っている状態が推測されます。詳しくは ⇒「ディスレクシア(発達性読み書き障害)の脳機能」を参照

 

ディスグラフィア(書字表出障害)の場合

 

特別に書くことが苦手な場合はディスグラフィア(書字表出障害)と呼びます。書くことが苦手な原因は様々ですが、文字を書く認知過程の何処かに課題があり、書字が苦手なのだと考えられます。

 

 

「ひらがな」書字の場合

① 角回や縁上回(下頭頂小葉)で、音を文字の形態として想起
② 頭頂間溝で書字運動を想起
③前頭葉に伝わって補足運動野や運動前野にて「書字運動」として出力されます。

一方で「漢字」の場合は側頭葉の紡錘状回で文字を形態(カタチ)として想起して、角回で音との整合性を確認した後で、書字運動を想起する頭頂間溝へ情報を送ります。その他にも、書くときの文字の配列や文法には ④ブローカ野が関係します。さらに書字運動時の文字の大きさの決定には大脳基底核が関わります。

 

「機能的な改善」「特性に合う勉強法」「ICT機器の利用」

 

 

ディスレクシア(発達性読み書き障害)の介入方法には「機能的な改善」を目指す方法から、その児童の「認知特性に合う学習」を行って読み書きを学ぶ方法、また「ICTなど電子機器」を利用して読み書きのハンディを補いながら学ぶ方法などがあります。

どれか1つだけに絞るのではなく、うまく組み合わせて「読み書きの負担」を減らすことで、学び自体を嫌いにならないようにする事が大切です。

 

① 機能的な改善について

音韻を中心とした読みのトレーニングで、一定の機能改善が見込まれる事が報告されています。介入のタイミングとしては、脳の可塑性が高い時期での早期介入が理想ですが、大人でも一定の機能変化が報告されています。

機能改善は定形児童に近い脳の使い方へと変化することで読みのパフォーマンスが向上するパターンと、代償的な脳の使い方により読みの苦手さを補う事でパフォーマンスが向上するパターンの2つに分かれます。早期に介入した方が、より前者のパターンでの読みの改善がみられるようです。

詳しくは「子供の早期介入トレーニング」による機能変化と、「大人の介入トレーニング」による機能変化の論文を参考にしてください。

 

子供(児童)の早期介入トレーニング

こちらの臨床研究では、6-9歳の77名の児童を対象に,音と文字の対応関係の正確さと流暢性を指標にした8 ヶ月の早期集中的な指導を行った研究です。【音韻的介入を受けた児童の熟読のための左後頭側頭葉系の発達について(Development of Left Occipitotemporal Systems for Skilled Reading in Children After a PhonologicallyBased Intervention)

 

左の後頭-側頭領域 や,読みに際して活動を示す左の下前頭回 のブローカ野と、文字を音韻に変換することに関与する頭頂-側頭領域の賦活が報告されています。定型発達児が読みの際に示すのと同様の賦活パターンに近づき、右の側頭回内側部 と右の尾状核 の賦活が、介入指導後には見られなくなっていました。

 

左の読みに関わるシステムが発達したため,右の補完的なシステムが必要なくなった結果と考察しています。これらの脳機能の可塑性に関する研究から、音と文字との対応関係を中心とした早期集中指導の要素を含まない場合には,他の認知機能を代償的に用いて読むようになるため,脳機能においても他の領域が代償的・補完的に用いられることが考えられます。

読みを獲得する早い時期に,音韻に関わる学習を介入指導することによって,代償的・補完的な領域ではなく,本来読みに関与する領域の機能が利用される可塑的変化が示されました。

 

大人(成人)の読字トレーニング

大人のディスレクシアの読み書き障害の改善変化を調べた研究報告は少ないですが、こちらの2004年に発表された論文があります。【Neural Changes following Remediation in Adult Developmental Dyslexia(成人の発達性読み書き障害のトレーニング後の変化)】

この研究では、ディスレクシアを持つ成人のトレーニングの「前」と「後」における音韻操作課題中の脳活動の差異を明らかにしています。音韻をターゲットにしたトレーニングにより、非トレーニング群と比較して音韻操作のパフォーマンスが向上しました。これらの向上は両側頭頂葉および右頭頂葉周囲皮質における信号増加と関連していました。

この結果は、トレーニングによる大人のディスレクシアの行動変化には、①正常な読者が関与する左半球領域の活動の増加②右脳周囲皮質の代償活動が関連していることを示しています。

つまり大人の場合は、定型者に近い脳活動のパターンでの改善と、代償的な脳活動パターンによる改善の2つの組み合わせとして、読みのパフォーマンスが改善したようです。

 

② 認知特性に合う「学習方法」について

カタカナや漢字が覚えられない児童に対して、聴覚的な記憶が良好な場合は、文字情報を言語化して唱えて覚える聴覚法などがあります。聴覚を介した意味ルートを利用することで見て繰り返し書いて覚えるよりも、効率的に文字学習が出来ます。【参考文献】発達性読み書き障害児における聴覚法を用いた漢字書字訓練方法の適用

平仮名やカタカナを覚える場合は、50音表の並びを音として覚えて、それに沿って書いて覚えることで仮名の定着を促すことが出来ます。漢字学習も漢字の編や旁などを、言葉で唱えて覚えることで、パーツを組み合わパターンとして頭に定着させることができます(例;窓⇒ウ、ハム、心)。

漢字など手で書くだけでは覚えにくい文字を、触れることで学ぶ触るグリフの漢字学習も、触覚を迂回路として視覚性記憶を増強する「認知特性に合わせた学習方法」になります。参考文献⇒「ディスレクシアの漢字学習について

 

③ ICTの利用について

 

パソコンやタブレットなど電子機器を利用して、読み書きの負担を減らして学ぶ方法です。読むのが苦手な場合は、文章の読み上げ機能アプリなどを利用することで、目で見て読むのではなく、耳から聴いて学ぶことが出来ます。

また手で書くことが苦手な児童でも、パソコンのキーボードや音声吹き込みでの文字入力なら可能な場合もあります。黒板の板書が苦手な児童でも、板書をタブレットで写真撮影することで記録することができます。

ICTの活用に関しては「学校でのICT利用による読み書き支援: 合理的配慮のための具体的な実践」という本が参考になります。

 

児童への早期介入の意義について

 

 

ディスレクシア児童への早期介入の意義は2つあります。

1つは「学習意欲を損なう前に介入する」意義です。読み書きの大きな負担を抱えたまま勉強をしていると、読む事のしんどさや、書いて覚える事の負担から、勉強そのものが嫌いになり学業不振になりがちです。

また上手く勉強が出来ない状況が続いて「自分は頭が悪いのではないか」と自己肯定感も下がります。不登校の原因にもなりかねません。上手く読み書きできない背景を知り、本人に合う学び方やICTの利用などを試してみる必要があります。

もう1つは「脳の可塑性」の意義です。紹介した論文にもあるように、ディスレクシアに対する早期介入により、脳機能レベルでの読みの改善変化が報告されています。

早く介入することで、定型児童に近い脳の活動パターンでの読みの改善も期待できます。できるだけ脳機能の変化が柔軟な時期に専門的なトレーニングを積むことで、読み書きの負担を減らすことが出来る可能性があるのです。

 

成人(大人)の介入について(宮﨑の個人的な考え)

 

大人のディスレクシア(44歳)の方の改善事例、逐次読みからスムーズな読みへ変化しました。

大人になっても、専門的なトレーニングで読み書きは改善しますが、改善パターンは児童の早期介入とは異なり、児童に比べると、より代償的な脳の使い方で読みの改善が考えられます。

非ディスレクシア(定型)に近い脳機能パターンへ近づく方が、読み書きの負担は減りますので、大人は児童に比べると、改善の余地が少ない言えるのかも知れません。

ただし、これは私(宮﨑)の経験ではありますが、大人のディスレクシアの方の読み書き機能の改善余地は大きいと考えています。

特に、大人の方は、年代的に学習障害の概念が浸透していなかった時代に学校時代を過ごしています。ですので学業不振から読み書きが嫌いになり「読むこと」「書くこと」から離れてしまった方も多くいます。今まで文字に触れてこなかった分、読み書きトレーニングを行うと、スポンジが水を吸うように、大きく改善する方とも出会いました。

日本における大人のディスレクシアの改善効果に関する研究は、まだ進んでおらずわからない事も多いですが、私(宮﨑)は手応えを感じています。

 

触るグリフを利用した機能改善トレーニングについて

 

 

ディスレクシア(発達性読み書き障害)の介入法において、触るグリフは「読み」に関しては、文字と音の連合記憶形成と、文字形状と文字列のチャンク(記憶塊)形成を介しての、①機能改善トレーニングを目的に作られた教材です。その一方で漢字などを覚える「書字」に関しては手で触れて学ぶ事で触覚ルートを介して視覚性記憶の弱さを補う事ができるので、②認知特性に合わせが学習法の要素も持ち合わせています。⇒ 詳しくは「触るグリフの効果に関する体験談」を参照

 

 

代表 宮崎 圭佑 【資格・学位】 言語聴覚士免許 (国家資格) 修士号 (京都大学)  【経歴】京都大学大学院 人間健康科学系専攻 脳機能リハビリテーション科学分野卒業, 京都大学 医学部付属病院 勤務を経てサワルグリフ開業

触るグリフにご興味がある方はお気軽にご連絡ください。利用相談を受け付けています。主宰言語聴覚士 宮崎が対応します。

 

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