触読版学習法 触るグリフの「原理と特許」について

 

 

この解説では、2021年一般社団法人 こども発達研究会で発表した「触るグリフの原理メカニズム」の資料をもとに、触読学習シートの触るグリフについて説明します。※ 論文に引用される方は、上記リンク先の解説資料をご利用ください。

触るグリフが従来の触覚を使う多感覚法アプローチとどのように違うのか。また、どのような原理的な背景を持つのかについて触覚−視覚間の認知統合の観点から解説します触るグリフを利用しての研究などご協力いただける方は 6.研究のご協力 に記載されている連絡先までお問合せください。

 

【目次】

1.触読版シート 触るグリフについて

2.触るグリフの原理的背景

3.ディスレクシアへの臨床応用可能性

4.触るグリフの利用方法について

5.研究のご協力

 

1.触読学習シート 触るグリフについて

 

 

触るグリフは「視ながら触れて」触読学習を行う触読版シートです。文字の形状,単語の綴り,漢字構造の視覚性記憶の定着と精緻化を目的に開発されました。触るグリフの利用対象の 1 つに、ディスレクシア(発達性読み書き障害)があります。

ディスレクシアは、文字と音のデコーディングを中心とした学習障害(1)ですが、文字の形や綴りの認知や記憶に関する視覚認知過程の弱さも報告されています(2)(3)。このようなディスレクシアの視覚認知過程の弱さに対して、立体化した文字に視ながら触れて文字の形や綴りを学ぶ「触読学習」が考えられます。触覚を利用した認知学習技法は、古くから「多感覚法」として知られており、文字認知が苦手な児童が、粘土造形や文字ブロックに触れて学ぶ多感覚学習(4)が行われていました。

しかしながら、大きな 1 文字ずつの形状を把握する従来の触覚学習では、文字形状の学習は可能でも、単語をまとまった「綴り」として記憶形成が出来ません。触読版として連続した文字の綴りを学習する方法が求められます。触読による脳内ネットワーク自体の可塑的変化(5)も報告されており、学習の持続的効果も期待できます。その一方で、指先で文字全体の形を触読できるサイズまで立体文字を小さくすると、ヒトの触覚分解能の限界から読み取ることが難しくなってしまいます。

図2 文字形状に沿って配置された凸パターン文字

 

触るグリフの触読版シートでは、この問題を解決する技術的改良が行われており、立体化した凸部と凸部背面の素材感に差をつけて触覚刺激を強調することで文字形状を伝えることができます。また、文字形状に沿う凸パターンを学習の初期段階で利用することで、文字形状に沿うように手掌面を刺激することで効率の良い触覚学習が行えます。この発明(6)は、2022 年に日本の特許庁により学習装置の特許として認められました。

 

 

2.触るグリフの原理的背景

触るグリフの背景にある原理としては、触覚−視覚間の認知統合があげられます。近年の生理学研究では、触覚‐視覚ルートのどちらからでも、脳内の共通する神経基盤であるLOC(外側後頭複合体)を経て、物体イメージが形成されることが分かっています。

f MRIを用いた脳機能レベルの研究(7)では、事前の 3 次元造形物の触覚認知が LOC を介して、再認時に視覚系脳領域の活動を促す事も報告されています。また行動指標レベルでの研究(8)では、触覚−視覚の 2 つのモダリティを利用するほうがより精確な形状認知ができることが報告されています。

 

2.1 触覚−視覚間の認知的統合とマルチモーダルイメージの形成

 

図3触覚-視覚情報の脳内統合モデル (Nishino,2008)

 

さらに、触覚−視覚認知統合モデルも提唱されており、Nishino(9)(10)らは、触覚−視覚の情報は、LOC(外側後頭複合体)で統合されて、紡錘状回−楔前部でマルチモーダルイメージが作られると提唱しています。同じく Simon.L(11)らは触覚学習で形成されたマルチモーダルイメージが、視覚認知や記憶想起でもトップダウン利用されるモデルを提唱しています。これらの認知モデルから、触覚学習により形成された文字のカタチや綴りの記憶を利用する事で、書く時には文字想起の手がかりとして、また読むときには文字列(綴り)の記憶へ照合することで、読み書きの負担を減らす事ができると考えられます。

 

2.2 文字や記号に近い立体図版での検証実験

 

 

図4Rayの複雑図形立体図版 (Miyazaki, K 2020)

 

私達は、読み書き障害の視覚性記憶検査としても利用される Rey-Osterrieth 複雑図形検査(以下 ROCFT)を 3D プリンタで立体化して ROCFT 立体図版を「視る」と「視ながら触れる」の 2 群に分けた記憶学習実験を行いました(12)

ROCFT は、スイスの心理学者 Ray により開発された幾何学図形の模写と遅延再生からなる視覚性記憶検査です。古くからROCFT と再生成績と視覚認知プロセスとの関係は調べられており、近年ではディスレクシアの文字の形状や綴りを認知する視覚認知過程の弱さとの関連が報告されています(13)

実験の結果は「視ながら触れる」学習を行ったグループの方が「視る」だけの学習を行ったグループよりも記憶再生成績が著しく向上しました(特に図形外郭と細かい部分の記憶成績が向上しました)。視ながら触れて確かめることで、図版形状の視覚性記憶が増強されたと考えられます。読み書き能力と関連がある ROCFT 課題での成績向上は、文字の形状や綴りの視覚性記憶を手で触れる事で促せる可能性を示唆します。

ディスレクシア自体に対して行った臨床実験ではありませんが、世界で初めて、触覚学習を行うことで文字や記号に近い 2次元図版の視覚性記憶の補強と精緻化を促すことが証明されました。

 

3.ディスレクシアへの臨床利用の可能性

 

ディスレクシアは文字と音の結びつき(デコーディング機能)の弱さに加えて、文字の形状や文字列(綴り)に関わる視覚認知過程の弱さが報告されています。文字形状や文字列(綴り)の記憶形成が上手くできず、その記憶をトップダウン認知処理で利用できないので、文字の想起困難や単語の読みが自動化されない問題が生じています。ディスレクシアの脳を fMRI 装置で調べた脳機能イメージング研究では、文字単語の音韻処理を担う左頭頂側頭部(左縁上回,下頭頂小葉)の活動性の弱さと、文字列をひとまとめの単語として認知する左紡錘状回の弱さが報告されています。

Nishino らの認知モデル(9)では、触覚−視覚の2つのモダリティ情報は、LOC(外側後頭複合体)を介して統合され、紡錘状回から楔前部でマルチモーダルイメージが記憶形成されると提唱されています。このことから左紡錘状回の活動性が弱いディスレクシアにおいても、文字や記号を立体化した触読板を「視ながら触れる」学習を利用することで、文字や綴りの記憶ネットワークを触覚ルートから記憶形成できる可能性が考えられます。

また Simon.L(11)は触覚学習で形成されたマルチモーダルイメージが、視覚認知や記憶の想起のときにトップダウン処理で利用されると提唱しています。このことからも「視ながら触れる」ことで形成された文字や文字綴りの記憶は、文字想起や読字の場合においても、トップダウン処理で効果的に利用できる可能性が考えられます。今後は、症例報告レベルの研究に加えて、ディスレクシア被験者を中心に、通常の指導に加えて触読学習での指導を受けた介入群と、通常の指導のみ行う非介入群に分けて 2 群比較する臨床を行う予定です。文字や記号に近い 2D 図版で生じた学習効果が、実際のディスレクシア患者の読字改善にも効果を示すか検証する必要があります。

4.触るグリフの利用方法

 

一般的なディスレクシア児童に対する触るグリフの利用方法を解説します。まず、①触るグリフの介入前,介入後の評価を行います。この評価では教材とは、別に用意した評価用のシートを利用します。「読み」に関しては文章音読の様子をビデオ撮影で記録します。「書字」に関しては、書けない文字をチェックします。触るグリフの教材にはない文章を利用して評価する理由は、毎日行う反復学習のバイアスを除くためです。ビデオ撮影は訓練開始から 2 週間毎に行い、その都度比較を行います。

 

図 5 8週間の実施の流れ

 

最初の触読版シートである② 6 枚の 50 音の平仮名とカタカナの清音、濁音、拗音と、仮名単語の触るグリフ 8 枚を「視ながら触れて」音読します。この学習は 6 枚のシートを 1 日 1セットずつ 2 週間行います。学習上の注意点として、1 つは文字形状凸パターンを指先でなぞるのではなく、手指面で文字の形状全体を触れて把握することです。指先で画線としてなぞると、文字や綴りの平面形状記憶ができません。必ず手掌面で文字形状全体を視ながら触れることが重要となります。

次に仮名単語は、逐次読みではなく、文字列を単語としてひとまとめに読む事を意識していただきます。基本的な仮名と仮名単語のシートが終了すると、ここで別途評価用の文章音読のビデオ撮影を行い介入前と比較します。この 2 週間毎の評価と訓練のプロセスを繰り返しながら、③短文の触読シート,④基本漢字シートと順番に進めます。最後の 2 週間は①②③の触読版シートを 1 日 1 セットずつ今まで行ってきた訓練の復習を行います。合計 8 週間で全ての訓練プロセスが終わる流れとなります。

 

5.研究のご協力

触るグリフは現在研究途中にあります。視覚−触覚学習の原理的と基礎研究で報告された効果をもとに実用化した段階です。実際の人を対象としたデータを取得して、より高いレベルでのエビデンスを構築する必要があります。触るグリフでのデータ取得とセットで症例報告を含めた臨床研究の論文を発表してくださる方がいましたら、無料で教材ご提供させていただきます。下記連絡先までお気軽にご連絡ください。
 

【参考文献】

(1)The International Dyslexia Association http://www.interdys.org/FAQWhatIs.htm
(2 ) Démonet JF, Taylor MJ, Chaix Y.(2004)Developmental Dyslexia. Lancet 363, 1451-1460.
(3) 後藤 多可志、宇野 彰、春原則子、 金子真人、 粟屋徳子、狐塚順子、片野晶子. (2010)発達性読み書き障害児における視機能,視知覚および視覚認知機能について. 音声言語医学 51( 1), 38-53.
(4)Philip, A.P., & Cheong, L.S. (2011). Effects of the clay modeling program on the readingbehavior of children with dyslexia: A Malaysian case study. The Asia-Pacific Education Researcher, 20, 456-468.
(5))触覚刺激の学習における、脳の可塑的変化に関わる神経基盤に迫る. 齋藤 大輔. 福井大学・高エネルギー医学研究センター・特命講師. 研究者番号:30390701
(6)出願人 宮﨑圭佑 特願 2019-092174. 文字綴り学習具及び文字綴り学習方法.2019/5/15出願
(7)Thomas W James. (2002) Haptic study of three-dimensional objects activates extrastriate visualareas. Article in Neuropsychologia 40(10), 1706-1714.
(8) Helbig, H. B., & Ernst, M. O. (2007). Optimal integration of shape information from vision andtouch. Experimental Brain Research, 179(4), 595-606.
(9)Nishino, Y, Ando, H. (2007) . Crossmodal interactions between visual and haptic information in 3D object learning and top-down processing fMRI study. Perception, 36 (suppl.) 209-210.
(10) Nishino, Y., & Ando, H. (2008). Brain function mechanism of object recognition in 3D shape.Review of Psychology, 51(2), 330-346.
(11)Simon, L., & Sathian, K. (2014). Visuo-haptic multisensory object recognition, categorization and representation. Frontiers in Psychology, 5, 730-741.
(12)Miyazaki, K, Yamada, S. Visuo-haptic multisensory learning enhances encoding and recall of Rey-Osterrieth complex figures shape. Department of Human Health Science Graduate School of Medicine, Kyoto University, Japan.2019
(13)荻布 優子、川﨑 聡大、奥村 智人、中西 誠. (2019) 児童期における Rey-Osterrieth Complex Figure Test の発達経過とその尺度構成の検討. バイオメディカル・ファジィ・システム学会誌 21 巻 1 号.

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