個人体験記|43歳の、あるディスレクシアの方のお話

 

 

この体験談は、まだ「限局性学習症」のことが世の中に知られていなかった時代の南九州地方で生まれ育った、43歳のディスレクシアの男性のお話です。

幼少期から今まで、川野さんが、どのように生きてきたのか、家族を支える仕事を持つようになったのか、ただ知識だけではなく、深い優しさの洞察で、支えてきた家族、大切なことが沢山詰まったお話です。

触るグリフの事は、脇役として読んでください。恐らくは、日本の読み書き障害の当事者研究としても、重要な個人的体験を、川野さんの奥様が書いてくださいったと思っています。

この体験記は、ご本人の同意とご希望により、当サイトでご紹介させていただきます。

 

【触るグリフ体験記(その1)その前に】夫の事・結婚前から

川野さんご夫婦が結婚される前のことが書かれています。メニューを奥様に選ばせたり、プレゼントの手紙が読まれずにいたり、九州男児っぽい仕草に隠れて入るものの、この時点で、読み書きの問題が垣間見えます。

一方で読み書きの負担が少ない塗装業で独立され、生計を立てる手に職を持っています。奥様に手伝ってもらいながらもPCを使って請求書を作成するなど、現在のICTの活用に通じる場面も出てきます。

 


【触るグリフ体験記(その2)その前に】夫の事・結婚後

結婚後に仕事も軌道に乗り、お子様も産まれた時点でのお話です。明るい日常が続いていたと思いますが、仕事で文字を書く機会が出てきた時、「いつもふざけてて明るい夫が、字を書く時は真面目で、少し不機嫌でした」「その姿を見るのがちょっと悲しかった」と奥様の感想も書かれています。

お子様の名前を川野さんが書けるシンプルな漢字にしたり、文字を書く練習をしてみたけど、負担が大きすぎて挫折した経験なども書かれています。どれも貴重なお話です。是非、読んでみてください。


 

【触るグリフその前に(その3)】夫の事・気付いた日

川野さんの奥様が、ただ読み書きが苦手なだけではなく、何らかの「脳機能的な原因」があるなと、気づいたお話が書かれています。「看板を見ない」「お菓子の名前を読み間違える」「カラオケを歌わない」など、文字情報を読むことに負担があるのでしょう(文字を見てもスッと入ってこない、頭が疲れる)。

「おおくぼくだものてん」という文字列の看板を読めなかった事で「何かあるな」と奥様が気づいた話など、まさにディスレクシアの認知特性を表すお話が書かれています。

 


【触るグリフ体験記(その4)その前に】夫の事・幼少期〜

川野さんの子供時代のお話が書かれています。今よりも「おおらかな時代」であった一方で、やはり学習障害などへの知識は浸透しておらず「名前が書けない事で先生から怒られたり」悲しい思いも沢山された様子がわかります。

そんな中で、ハンディを抱えながらも、自身のキャリアパスを築き上げていった軌跡が書かれています。運良く「音声ガイダンス」の授業で運転免許の記述マーク試験をパスしたお話など、ディスレクシアの方にとって、ICT活用の重要性が分かるお話もあります。

 


【触るグリフ体験記 (その5)】夫の事・困ってる事はないけれど

いつも明るい川野さんが、文字を読み書きする時には、強い緊張と不安感が伴う様子が書かれています。ディスレクシアの方にとって、読み書きが苦手さは、ただ「機能的な問題」というだけではなく「精神的にも大きな負担」である事が分かります。

読み書きに関する行き違いで夫婦喧嘩が起きたり、悲しいトラブルもありましたが、奥さんの特性への深い理解と優しさ、またご本人の前向きな姿勢で日常を乗り切ってきた様子が分かります。

 


【触るグリフ体験記(その6)】触るグリフをやってみよう!

ようやく触るグリフの話が出てきます。川野さん(奥様)とはTwitter経由でご主人の事を相談されて出会いましたが、触るグリフの説明をした後に、奥様がアメリカの神経学者ラマチャンドランが作成した幻視治療の「ミラーボックス」を例にあげられた事に、驚きました。

触るグリフは通常の支援というよりも、触覚という迂回路を利用する認知学習です。視覚と触覚の錯覚を利用して認知学習を行うミラーボックスに通じる面があるなと思いました。奥様は、やはりご主人の特性の理解も含めて、只者ではないなと感じました。

 


【触るグリフ体験記(その7)】0日〜3週間

触るグリフ開始当初のお話です。川野さんの読みをみさせてもらった時、文字を一文字ずつ読む「逐次読み」が明らかでした。また、幼少期から現在まで、ディスレクシア(読み書き障害)に典型的なエピソードが沢山ありました。

私自身、小児のディスレクシアに対しては、触るグリフを試してきたのですが、43歳にもなる成人例にはなく、触読学習を行うことで「このような成人の方も改善するならば、自分の人生かけて研究&開発すべき責任あるテーマかもしれないな」覚悟を決めて評価を行いました。

3週間後に逐次読みが無くなり、読みの速度が向上しており、改善が見られたことに私は嬉しく思いました。同時に横で読む様子を聞いていた奥様がポロポロと涙されたのを覚えています。

 


【触るグリフ体験記(その8)】3週間〜6週間

単語から、短文の触るグリフに移行して、再び評価を行いました。さらにスムーズに読めるようになり、この段階では逐次読みは無くなっていました。

文字のカタチと、単語としての一纏めの綴りのパターンが、手で触れる事で触覚から頭に入り、その記憶を利用して読めるようになったと考えられます。43歳の成人の方に試したのは初めてだったので、この改善成果を見て、私自身も驚いたのを覚えています。

 

【触るグリフ体験記(その9)】気付いた事・6週間後まで

LINEで短文のメッセージが来たり、TVのテロップを読んだり、またお店の名前を読んだりと、日常生活の中で「読み」の変化が現れ始めます。特に娘さんからのLINEの長文メッセージを読んだときに、川野さん自身が「読めている」と気づいたそうです。

触覚から文字のカタチと綴りの記憶を作り、その記憶を利用することで読みの負担が減ったことにより、日常的に文字を読むようになる。文字を読むと語彙が増えて、より読みやすくなる「良いサイクル」が回り始めたのではないかと推測しています。

 


【触るグリフ体験談(その10)】6〜9週間後と卒業

触るグリフ最後の評価となりました。実施前よりも滑らかに読めるようになり、また逐次読みなどディスレクシア症状が消えていました。川野さんいわく「文字への抵抗」が減ったそうで、漢字なども少しつず覚えはじめたそうです。

重要な触るグリフを卒業するタイミングも書かれていますね。日常の中で読み書きの良い流れが出来たら卒業で良いと思います。川野さんからの自分と同じ成人ディスレクシアの方へのメッセージとして「とにかくやってみて!」との事。最高の褒め言葉だと受け止めて、私も日々、開発研究を頑張ります。

 


 

 

【触るグリフ体験記】(その11)最終回、生活の中での変化

 

触るグリフ「体験記」の最終回です。この体験記には、沢山の大切なことが書かれていたと思います。私が感じたことですが、ディスレクシアであれ、そうでなくても「個人が誇りと納得感を感じて生計を立てられる仕事を持ち」「自分の事を理解してくれる人達に囲まれ」「その仕事と他者に、日々、ありがたく思っている事」この3つが、幸福に生きる普遍の条件なのではないでしょうか。僕は川野さんの体験記から、改めて再確認させられました。

最後に川野さんが「自分が字が読むのが苦手だ」と二級建築士の資格学校で伝えられるようになった事が、触るグリフのゴールかなと考えています。自分の苦手な特性をきちんと知り、それを納得感を持って受容して、その苦手さの特性と向き合いながら、前向きに社会と繋がっていく。

このプロセスにおいて、触るグリフの「文字の読み書きの負担を減らす」という改善成果がお役に立てたなら、嬉しい限りです。まだ実験段階である触読を利用した学習法に、興味を持ち、実施していただいた川野さんご夫妻には、感謝の気持ちしかありません。

当時は、大学院を出たばかりで、触覚学習の研究開発の継続どころか、言語療法とは別の道も考えていました。川野さん夫妻の喜ぶ顔を見て、この触覚学習という新しいテーマに「生涯かけて取り組むべき」という使命感を持つことが出来ました。ありがとうございました。

 

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