ディスレクシア (読み書きの学習障害)の原因と「脳機能」について
【記事執筆者】
株式会社 宮﨑言語療法室 言語聴覚士 宮崎圭佑
学習障害(ディスレクシア,算数障害) への触覚学習利用を専門としています。【経歴】京都大学大学院 人間健康科学系専攻 脳機能リハビリテーション科学分野卒業,医療機関,京都大学医学部付属病院 精神科診療部を経て宮﨑言語療法室(株)を開業
この記事の内容は上の動画にまとめています。
ディスレクシア(発達性読み書き障害)は、文字の読み書きを苦手とする学習障害です。
米国精神医学会の診断基準(DSM-5)では、特に「文字の読み書き」限定した特徴的な症状を示す障害とされています。
視覚や聴覚に障害がなく、全般的な知能にも問題が無いのに、学校や家庭で文字の読み書きに難しさを持つのがディスレクシアです。
世界人口の5〜15%が、何らかのディスレクシアの症状を示すと言われています。文字と音の対応が複雑な英語圏などは10%〜15%ほどのディスレクシア人口を抱えています。日本語圏では5%と英語圏よりは少なく報告されており、日本語の文字と音の対応関係がシンプルな事が理由と考えられています。
【記事の目次】
脳活動から分かるディスレクシアの原因
ディスレクシアの原因は文字を音と結びつける「デコーディング機能」と、文字のカタチを捉えたり、文字列をひとまとめの単語として認知する「視覚認知機能」の弱さにあります。背景には脳機能の問題があります。
fMRI(脳機能イメージング)でディスレクシアの脳を調べた研究報告では、この文字と音の結び付け(デコーディング)に関わる「左頭頂側頭部(縁上回、下頭頂小葉)」の活動の弱さと、文字や文字列の視覚認知に関わる「左下後頭側頭回(紡錘上回など)」の活動の弱さが報告されています。2つの機能の弱さを補う為か、下前頭回の特徴的な活動増加パターンも報告されています。
読みの問題について
デコーディング機能の弱さ(頭の中で文字と音を結びつける機能)
「デコーディング機能」とは文字と音を結び付ける機能です。私たちが文字を黙読しても、自然と頭の中で単語の音が鳴るのは、文字⇔音間の結びつき機能が働いているからです。この機能が弱いと文字を上手く読むことが難しくなります。
視覚認知機能の弱さ(読みの自動化について)
私達は文字を習い始めた当初は、1文字ずつ逐次読みですが、慣れてくると文字のあつまりを単語としてスムーズに認識することができます。視覚的に捉えた文字列が、単語として認識されているからです。頭の中の視覚的な辞書に照合することで、単語としてスラスラ読むことができます(読みの自動化)。ディスレクシアの人はこれらの機能が弱いのが特徴です。
書字の問題について
書くことが苦手な原因は様々ですが、文字を書く脳内認知過程の何処かに課題があり、書字が苦手だと考えられます。
「ひらがな」書字の場合
① 角回や縁上回(下頭頂小葉)で、音を文字の形態として想起
② 頭頂間溝で書字運動を想起
③前頭葉に伝わって補足運動野や運動前野にて「書字運動」として出力されます。
一方で「漢字」の場合は側頭葉の紡錘状回で文字を形態(カタチ)として想起して、角回で音との整合性を確認した後で頭頂間溝に情報を送ります。
その他にも、書くときの文字の配列や文法には ④ブローカ野が関係します。さらに書字運動時の文字の大きさの決定には大脳基底核が関わります。
ディスレクシアに紐づく書字の問題の多くは、こらら書字に関わる一連の認知過程の何処かに問題があり、文字が思い出せなかったり、上手く書けない状態といえます。
書字困難については、ディスグラフィアについての記事で詳しく書いています。
読み困難の文字認知メカニズム
ディスレクシアの文字認知メカニズムの問題を、私達が「おおさんしょうお」という文字を読む場合を例に説明したいと思います。まず文字を習い始めた人(小学校1年生)などは、1文字ずつ文字と音を結びつけながら「お、お、さ、ん、し、ょ、う、お」と逐次読みします。
そして時を読むことに慣れてくると、文字列をひとまとめの単語として「おおさんしょうお」という言葉を文の中に見つけることができます。自然と大きくて黒い生物のイメージが頭の中に浮かんで来ます。これが語彙経路(視覚辞書)を介して意味システムが働くということです。
同時に音韻出力辞書から聞き覚えのある「おおさんしょうお」という音が引っ張り出されます。一文字ずつ読むのとは異なる連続した音の連なりが浮かぶのです。
① 文の中にある見覚えのある単語を見つける(視覚辞書)
② そのイメージを浮かべてる(意味システム)
③ それに呼応する聞き覚えのある読み方(音)を引き出す。
という①、②、③のプロセスで文章を読んでいるのです。
つまり文字を読むことに慣れえいる私達は、文を読む時に文字を読んでいないのです。
しかし、ディスレクシアの場合は、視た単語を自動的に検出する「視覚辞書」と、ズムーズに文字や単語の読み(音)を引き出す「音韻処理能力」が弱いので、意識的に文字に注意を向けて、なんとか文字‐音韻変換で「お、お、さ、ん、し、ょ、う、お」と逐次読みするのです。
ディスレクシアは改善するのか?
音韻を中心とした読みのトレーニングで、一定の機能改善が見込まれる事が報告されています。介入のタイミングとしては、脳の可塑性が高い時期での早期介入が理想ですが、大人でも一定の機能変化が報告されています。
機能改善は定形児童に近い脳の使い方へと変化することで読みのパフォーマンスが向上するパターンと、代償的な脳の使い方により読みの苦手さを補う事でパフォーマンスが向上するパターンの2つに分かれます。早期に介入した方が、より前者のパターンでの読みの改善がみられるようです。
子供(児童)の早期介入トレーニング
こちらの臨床研究では、6-9歳の77名の児童を対象に,音と文字の対応関係の正確さと流暢性を指標にした8 ヶ月の早期集中的な指導を行った研究です。【音韻的介入を受けた児童の熟読のための左後頭側頭葉系の発達について(Development of Left Occipitotemporal Systems for Skilled Reading in Children After a PhonologicallyBased Intervention)】
左の後頭-側頭領域 や,読みに際して活動を示す左の下前頭回 のブローカ野と、文字を音韻に変換することに関与する頭頂-側頭領域の賦活が報告されています。定型発達児が読みの際に示すのと同様の賦活パターンに近づき、右の側頭回内側部 と右の尾状核 の賦活が、介入指導後には見られなくなっていました。
左の読みに関わるシステムが発達したため,右の補完的なシステムが必要なくなった結果と考察しています。これらの脳機能の可塑性に関する研究から、 読みを獲得する早い時期に,音韻に関わる学習を介入指導することによって,代償的・補完的な領域ではなく,本来読みに関与する領域の機能が利用される可塑的変化が示されました。
大人(成人)の読字トレーニング
大人のディスレクシアの読み書き障害の改善変化を調べた研究報告は少ないですが、こちらの2004年に発表された論文があります。【Neural Changes following Remediation in Adult Developmental Dyslexia(成人の発達性読み書き障害のトレーニング後の変化)】
この研究では、ディスレクシアを持つ成人のトレーニングの「前」と「後」における音韻操作課題中の脳活動の差異を明らかにしています。音韻をターゲットにしたトレーニングにより、非トレーニング群と比較して音韻操作のパフォーマンスが向上しました。これらの向上は両側頭頂葉および右頭頂葉周囲皮質における信号増加と関連していました。
この結果は、トレーニングによる大人のディスレクシアの行動変化には、①正常な読者が関与する左半球領域の活動の増加、②右脳周囲皮質の代償活動が関連していることを示しています。
つまり大人の場合は、定型者に近い脳活動のパターンでの改善と、代償的な脳活動パターンによる改善の2つの組み合わせとして、読みのパフォーマンスが改善したようです。