プロダクト・デザイナーのUさん(50代前半)|デザインでの自己表現と 書字障害(ディスグラフィア)との共生
「大人の読み書きLD体験談」第三回目は、ディスグラフィアの(書字障害)当事者であり、企業でプロダクトデザイナーとして働くUさん(50代前半)です。書こうとしても、文字が思い出せないディスグラフィアの困難や、デザイナーを目指すきっかけ、デザイナーとして働く上での困りごとや、役立つツール。デザインを介した自己表現の方法についてお話しいただきました。(インタビュアー テン)
現在のお仕事について教えてください
私の現在の仕事は、スマホアプリの画面デザインや、自動車の液晶メーターのデザインを仕事としています。昔のような丸いメーターがなくなり、液晶の画面にナビやエアコン調整などが表示されていますが、そのデザインを担当しています。
HMI(ヒューマンマシンインターフェース)やGUI(グラフィカルユーザインターフェース)というジャンルで、字を書くのが苦手なのにGUIをやっているのは少し不思議な感じもしますね。
Uさんには、どのような読み書きの困りごとがありますか?
私の場合、書く時に文字が思い出しにくいという困難があります。特にメモを取るときに字が思い出せないことが多いです。特にカタカナが苦手です。漢字も苦手で、見れば書き写すことはできますが、メモを取る際に「ユーザー」と書こうとすると、どうしても思い出せないことがあります。
その時はひらがなや英語で書くことが多く、ごまかしながらメモを取る感じです。翌日には「ユーザー」と普通に書けたりもしますが、その時はどうしても思い出せないことがあります。正式にLDの医学診断は受けてはいませんが、この文字が思い出せない事が、子供の時からの困りごとでした。
読むことについては問題はないとは思いますが、語尾の読み間違いや役所の書類、仕事の仕様書などで内容が理解できないことがあります。例えば「下にご記入ください」といった短い文があると、主語や説明が不足していると何を書けばいいのか分からないことがあります。
Uさんの子供時代について教えてください
祖母が本を沢山読み聞かせてくれて、子どもの頃から本を読む事が好きでした。その影響で高校までは国語も得意で、文脈理解も苦手ではありませんでした。今振り返るとカタカナ人名を間違って覚えていたり授業の音読で間違いを指摘されることが多かったりそれらしいエピソードはたくさんあるのですが当時はそれが障害のせいだとは気づいていませんでした
その一方で毛筆の習字は得意と苦手が混在していました。お手本を見ながら書くのは得意で小学校の頃には書道五段になっていました。しかしお手本なしに自分の名前を書く事がすごく苦手でした。
今も実家に残っているのですが「元気」と大きく書いてある字は上手なのに横に書いてる学年と自分の名前が別人が書いたように下手なのです。当時は学習障害という概念が無かったので、だれでもそんなものだと思っていました。
好きな事は3次元的な遊びでした。例えば幼少期は粘土で遊ぶのが好きで、帰宅後に5時間程ぶっ通しでやっていました。親は心配して児童精神科に相談に行っていたようです。
勉強に関しては、文字を思い出して書く事が苦手な事、常に書字の問題が足を引っぱりました。中学校までは比較的ついていけていましたが、高校に入ると急に落ちこぼれました。高校1年生の時からどんどん成績が急激に落ちたんです。
高校では、単語や記号の細かい知識が必要になり、問題も引っ掛けが多くなります。中学校ではうろ覚えでも解ける問題が多かったのに、高校では急に難しくなりました。学校の成績は420人中400番台まで落ち、その原因も分からず、美術が好きだったので、美術に進むしかないと思いました。
小学校から町のお絵かき教室に通い、高校では美術予備校に通っていました。絵を描くのがひたすら好きでした。
絵を描く好きでその特技があるなら、自分は何とかなると未来を信じていました。
親も成績が落ちても、美術が得意なら大丈夫と言ってくれており、学校にあまり行かなくても気にしない寛容さがありました。
高校卒業後の進路選びについて
高校卒業後は、T藝大を目指していたのですが、当時の倍率は60倍で、非常に競争が激しく、A芸大という公立の芸術大学を選びました。
A芸大はデザイン系の就職に強く、自動車業界とのつながりもあります。家族は、何をやっても頑張れば成功するという考え方を持っていました。
そのため、芸術大学への進学に対しても反対されることはありませんでした。今考えるとハラハラしながらも口には出さず見守ってくれていたのだと思います。
ディスレクシアが美術系へ進学することはとても良い選択だと考えているのですが、多くの当事者や保護者の方はピンとこない場合が多いですね。字が書けなくても絵が描けると仕事を得られるという話をしても実際にどのような進路をとればいいかわかりにくいのかもしれません。
しかしこれは大事なことで、もし私の親が勉強に執着して絵を描く時間を与えてくれなかったら今の私はなかったのではないかと思います。SNSを見ていると多くの保護者が勉強の遅れを心配していますが、音楽でも美術でもスポーツでも何かが得意ならまずそこで突き抜ける方が生き残りやすいと思っています。
芸術大学の試験には描写力、立体物、色彩感覚などがありますが、自分は描写力と立体物は得意で、色彩感覚は少し苦手でした。入試も突き抜けている描写と立体で勝負しました。今思うと入試だけでなく合格してからの4年間も常に立体感覚を生かしたものを作っていました自分の3次元思考を得意とする特性は常に有利に働いていたと思います。
大学卒業後のお仕事の話について詳しく教えてください
大学卒業後は、映像関係の仕事をやりたかったんです。しかし、当時の日本では映像関係の安定した職業は少なく、特に芸術的な映像は収入が低かったり、食べていくには現実的ではありませんでした。
そんな中で、バイクメーカーの工業デザイナーの募集があり応募してみました。就職氷河期でしたが、企業からの応募は多少あり、その中でたまたま見つけた会社に受かった形です。この時は運が良かったと思っていました。
オートバイのデザインは、とても自分に向いていて、全般的に絵や形作りは困らず、周囲からも上手いと評価されていました。しかし、記録を残すことや交通費の精算、書類関係などは非常に苦手です。書くのが苦手というわけではなく、ADHDの気質も関係しているのかもしれませんが、本業のモノを作る作業に比べると些末な事と思って後回しにしてしまうようです。
その後、バイクメーカーから音響メーカーに転職したのですが、困りごととして書類関連が続きました。
PCを使うので読み書きに困るわけではないのですがつい後回しにしてしまうのです。
現在のGUIの仕事では、表示画面内に3Dの構築などがあり、これに関しては非常に得意です。
例えば、テスラのメーターでは自車が道路を走る様子が表示されるなど、3D的な表現を担当しています。こういう作業も空間認識が優位に出ます。誰が見てもわかりやすくレイアウトを調整していくのは他者より上手いと思っています。
空間認識に強いというのは、オートバイのデザインで粘土モデリングをしていた経験からも言えます。自分の人生は常に空間認識能力の高さに助けられて来たと思っています。
最近ではより空間を感じるレイアウトにこだわっています。空間は自分の優位性でありしいてはそれが良い製品につながっていくと思っています。
私は自分の子供がディスレクシアの診断を受けた時に初めて自分もディスレクシアだったのだと気が付きました。
すぐにネットで調べて「ディスレクシアは空間認識が強い場合が多い」「イギリスではディスレクシアは建築家になることが多い」ということも知りました。
「だからすべてが上手くいっていたのか」というのがそれを知った時の感想です。
一般的なディスレクシアに比べて症状が軽い事もあると思いますが、障害は困りごとを帳消しにするほど私にいろいろな経験やチャンスを与えてくれていたようです。
普段の生活で困っていることや、工夫していることについて教えてください
困るのは、会社や市役所での短文の手続きが読みにくい事や、メモを取りたいと思った時に文字が出てこないことですね。私は長時間の会議でもほとんどメモを取らないのですが、記憶ははっきりしています。逆に上司はしっかり議事録を書くタイプですが後で話をしても会議内容を覚えていないことが多いです。
上司から「なぜメモを取らないのに覚えているのか?」と言われることがありますがこれもディスレクシアの特性なのかもしれないと思っています。
他に困るのは、固有名詞や聞いたことのない単語をメモしないと忘れやすいことです。長い外国製品名や会社名などが特に弱いようです。私がLDの事を知り、自分の文字が思い出せない特性に気づいたのは4、5年前でした。それから、漢字やカタカナが出てこなくても気にせず、ひらがなでメモを取るようになりました。
自分の特性を理解することで、だいぶん気楽になりました。大体の困りごとは原因がわかると気持ちが楽になるものです。なので子供にも「ディスレクシアとは何か、他人とどこが違うのか」を隠さず話すようにしています。
文字を書くのが難しいときに、テクノロジーを使ったツールでどんなものがあればいいと思いますか?
自分の世代は大学卒業後に初めてパソコンを買いました。今はテクノロジーの進化でメモが簡単に取れるようになっています。
iPadやノートパソコンでメモを取れることは素晴らしいと思いますが、自分たちの世代ではその恩恵を受けられなかったのが残念です。今の子供たちは、録音などのテクノロジーを使って便利な時代になっていますが、私たちの世代はついていけていない部分があります。
最近便利だと思うのは、テレワークで使う「 Miro」というグループウェアです。Miro 共同作業(テレワーク・Web会議)を支援するオンラインホワイトボード|aslead 野村総合研究所(NRI)スペルチェックもしてくれるし、自分で全て書かなくても部下に指示を出せば、グループワークとして仕上げてくれたりもします。
このことからもICT、PCの活用は読み書きの補完だけではなく「共有」が非常に重要だと思います。個人の長所、短所を補完できるグループウェアは多様性の時代にフィットした読み書き機能以上のサポートをしてくれます。グループウェアの広がりやクラウドの活用は、ディスレクシアの方にも使いやすいと思います。
これまで出会ってよかったと思う人と、今後LDを持つ子供たちに向けてのメッセージを教えてください
LDの子供たちには、自己肯定感を保つことが最も大事だと思います。母親が私の絵の才能を褒めてくれたおかげで、自己肯定感が下がらずに済みました。
子供には自己肯定感を失わないようにし、親ができる限りサポートすることが大事です。勉強が得意でなくても、他の特性を活かして生き残れる道があると思います。
また、触るグリフの宮崎先生ともじこ塾の成田先生には感謝しています。
今後も、こういった当事者がお互いを知り合える支援の場がもっと増えることを期待しています。