ディスレクシア(難読症・読字障害)の訓練方法について
ディスレクシア(難読症・読字障害)の特性と訓練方法について解説したいと思います。ディスレクシアの訓練法には、主に「音韻処理」の中心にアプローチする方法と、「視覚辞書」を中心にアプローチする方法があると考えています。この記事では一般的なディスレクシア訓練法の仕組みと、当教室が行っている触るグリフを併用した訓練法について解説します。
ディスレクシア(難読症・読字障害)とは?
ディスレクシアは全般的な知能や学習環境に問題がないのに、文字の「読み書き」に学習困難を抱える特異的発達障害の1つです。世界中に5%〜15%ほどの人口比で存在しており、特に文字と音の対応関係が複雑な英語圏でディスレクシア人口が多い傾向にあります。しかし、日本語では仮名の文字と音の対応関係が良いので「読み」の問題が顕在化しないだけで、潜在的には文章の読み書きが苦手なディスレクシア傾向の人が一定数いると考えられています。
よく観察すると、1文字ずつゆっくり読む(逐次読み)や、読書でひどく疲れるなど(易疲労性)など、隠れた症状が存在します。
文部科学省の全国調査(2012年)では、通常の学級に在籍している子供の2.4%が知的水準には問題はなくても、読み書きの問題でつまずいている事が報告されています。また別の調査(安藤,2002)では、低学年では3%ですが、読み書きの課題が難しくなる4年生以降では増加し6年生では20%の児童が十分な読み書きの能力を持たずに卒業していることが報告されています。日本においてはディスレクシアは、ある程度の文字の読み書きができる人の中にひっそりと隠れて存在している状態なのです。
このような潜在的に存在しているディスレクシアは、英語学習や受験勉強、仕事での文章作業など、成長するにつれて文字の読み書きで求められる難度が上がるにつれて困難が増すことが分かっています。
ディスレクシアの訓練法 (音読支援と多感覚法)
ディスレクシアの訓練法には、大きく分けて「音読」を中心とした方法と「触覚」を中心とした多感覚を利用した方法があります。「音読」を中心とした方法として有名なのは「T式ひらがな音読支援法」です。この訓練法は鳥取大学で開発されて、日本人ディスレクシアに対して大きな成果をあげています。
また多感覚を利用した訓練法は「多感覚法」と呼ばれており、古くからあ文字ブロックや粘土造形を利用した方法などがあります。当教室で開発した「触るグリフ(触読版)」での訓練法は、文字のカタチと文字列(綴り)を見ながら手で触れて触読することで、単語の視覚認知を促す効果が期待できます。
ディスレクシア訓練法が「音読支援」と「多感覚法」を中心している背景には、ディスレクシアの原因メカニズムがあります。ディスレクシアの原因は「文字と音(読み方)」を結びつける音韻処理能力の弱さと、文字のまとまり単語として認知する「視覚辞書」の弱さが報告されています。つまり「読み」と「単語認知」の改善が重要になってくるのです。
この「音韻処理能力」と「視覚辞書」を背景とした、ディスレクシアの原因メカニズムを下の記事で詳しく解説します。
ディスレクシアの原因について
ディスレクシアの原因は脳の部分的な機能不全が、文字と音を紐付けて引き出す「音韻処理」と、文字のまとまりを単語として認知する「視覚辞書」に影響を及ぼすためです。私達は文字を見ると、自然とその文字の「読み方(音)」を頭の中でイメージすることができます。また、沢山の文字が並んでいても、スムーズに単語を拾って文字を読むことが出来ます。
下の「おおさんしょうお」という言葉の場合、この似たような仮名の並びを見ると「オオサンショウオ」という読み方(音)と、黒くて大きなドロンとした生き物であることがすぐに頭に思い浮かびます。これは私達の脳内で、単語を認知する視覚辞書と、その読み方(音)を引き出す音韻処理能力が機能しているからなのです。しかし、ディスレクシアの児童はこの機能が弱いので、1文字ずつ「逐次読み」で苦労して読む必要があります。これが文字を読むことの疲労や苦手意識に繋がるのです。
ディスレクシアの脳機能
この「音韻処理能力」と「視覚辞書」の弱さの背景にはディスレクシアの脳機能の問題があります。fMRI(脳機能イメージング)でディスレクシアの脳を調べた研究報告では、この音韻処理に関わる「左頭頂側頭部(縁上回、下頭頂小葉)の活動の弱さと、視覚辞書に関わる「左下後頭側頭回(紡錘上回など)の活動の弱さが報告されています。また、2つの機能の弱さを補う為か、下前頭回の特徴的な活動増加パターンも報告されています。
T式(鳥取式)ひらがな音読支援
T式ひらがな音読支援では「解読法」と「語彙訓練」の2段階のプロセスで音読訓練を行います。
・解読訓練について
「解読訓練」では平仮名一文字(清音、濁音、半濁音、拗音)を書いたカードを作成して、カードを用いて音読訓練を実施します。音読訓練の結果を、A群(問題なく読める)、B群(言い間違い、スムーズに読めない)、C群(読めない、間違って言い直しもできない)と、A,B,Cの3群に分けて、カード数を記録します。次にA群を覗いて、B群(言い間違い、スムーズに読めない)、C群(よね無い、間違っても訂正できない)のカードをトランプのようにきって、音読訓練を行います。間違いや読めないカードはその都度、修正のフィードバックを与えます
これを1日5分ほど繰り返して、A群が何枚増えたのか、B群、C群が何枚減ったのかを具体的な成果として伝えてその日の努力を評価して正のフィードバックを強化子として与えます。このプロセスを連続して1ヶ月以上続けることで、かなりの上達が見込めます。ディスレクシアに限らず少し音読が苦手な子供や帰国子女の子供、外国人の子供にも効果があります。この「解読訓練」では、平均の正答率と音読時間を目指すのではなく、音読時間や正答率が平均よりも3SD(標準偏差)ほどまで改善されることを目安にしてください。
・語彙訓練について
「語彙指導」は、見覚えのある、意味がわかる、聞き覚えのある言葉を増やすことで、音読の速度を高める指導法です。年齢相応の教材の中で、その子が知らない①言葉を抜き出して、②意味を教えて、③例文を作る,という①②③の3つのステップで訓練を行います。単語と意味のネットワークを強めて語彙経路を使って、スムーズに文字が読めるようになります。
この指導法の成否を握っているのは、個人的体験(エピソード記憶)に絡めた例文作りです。エピソード記憶は忘れにくいという性質があり、それを例文に絡めることで単語の意味理解を定着させます。例文作りには時間をかけて、楽しかった体験や驚いた体験などと絡めてた、いろいろな例文を作ると良いでしょう。
語彙指導はその効果を実感するのに、数ヶ月から1年くらいかかります。そのためご家庭で指導をするのはかなり困難です。当教室では半年ほどの期間を目処とした語彙指導を行っています。
触るグリフ法(当教室)
当教室の触るグリフ(触読版)は、多感覚法訓練をより発展させた訓練方法になります。近年の研究では「見ながら触れる」触覚を介した認知により、視覚イメージの強化と精緻化が起きることがわかっています。脳内の共通領域を介して、視覚‐触覚間で情報の統合が起きるからです。特に触覚を介した視覚イメージ形成は、ディスレクシアの単語認知で問題となる「紡錘状回」まで及ぶので有効です。
ディスレクシア児童では、文字認知に関わる視覚認知機能の弱さが報告されており、この視覚認知の弱さを補う目的で、古くから海外を中心に、立体文字ブロックや粘土造形で、文字1つ1つのカタチを手で確かめる方法が取り入れられてきました。
しかし、文字1つ1つのカタチは確かめられても、ディスレクシアの認知面で問題となっている「文字のまとまりを単語として認知する機能(視覚辞書)」の弱さを補うことは出来ません。
この触るグリフ(触読版)では、連続した文字列を「見ながら触れて」触読することで、単語のまとまりとして触覚パターンを認知して、触覚‐視覚間の情報統合を介して、視覚辞書を補強することができます。特に音韻処理だけではなく、視覚辞書機能の弱さに問題があるディスレクシアに有効です。
まだ開発研究段階の側面もありますが、従来の文字1つ1つのカタチを補強する従来の多感覚法に比べて、より効果的かつ効率的に単語認知を促すことができる方法だと私は考えています。
音韻処理と視覚辞書に働きかける訓練法を目指して
当教室では「T式ひらがな音読支援」など音韻処理能力に焦点を当てた訓練法と、視覚辞書能力に焦点を当てた触るグリフ(触読版)を並行させて訓練を行っています。この2つの訓練法は、特に干渉することはなく、むしろ組み合わせることで「音韻処理」⇔「視覚辞書」の2側面から相互作用で読みの機能を促すことが出来ます。
従来の多感覚法(クレイモデリング法など)では、粘土造形と音読には作業としての差がありすぎて、並行訓練が困難でした。
この「触るグリフ」では、見ながら触れる学習を介して、T式ひらがな音読支援の「解読法」「語彙指導」を行なうことで、2つの異なる訓練法を組み合わせる事ができます。文字単語を見て、頭の中で「音が浮かぶ」「音が紐づく」という効果と、文字単語が頭に「スッキリ入ってくる」「文字を読んでも疲れない」という効果が合わさることでスムーズな読みを可能とします。