大人の軽度ディスレクシア(読み書き学習障害)について
【記事執筆者】
株式会社 宮﨑言語療法室 言語聴覚士 宮崎圭佑
学習障害(ディスレクシア,算数障害) への触覚学習利用を専門としています。【経歴】京都大学大学院 人間健康科学系専攻 脳機能リハビリテーション科学分野卒業,医療機関,京都大学医学部付属病院 精神科診療部を経て宮﨑言語療法室(株)を開業
日本では大人のディスレクシア(発達性読み書き障害)に関してはハッキリとした調査はありません。今の大人の方が育った時代背景的にも学習障害の知識が浸透していなかったので、ほとんど捕捉されていません。(さらに日本では、現段階では大人のディスレクシアを評価する検査ツールも開発されていません)※STRAW-Rの高校生基準値を利用して、評価する場合があります。
しかし、子供の頃からの「読み書き」の苦手さを抱えていて、大人になっても残したまま、生活・仕事をしている大人のディスレクシア特性(特に軽度)を持つ方が一定数いると考えられています。
日本の文部科学省(2022年)の調査では、小中学校に通う子供の3.5%が知的水準には問題はなくても、読み書きの問題で著しくつまずいていることが報告されています。
別の調査(安藤, 2002)では、低学年では3%前後ですが、読み書きの課題が難しくなる6年生では20%の児童が十分な読み書きの能力を持たずに卒業していることが報告されています。
大人のディスレクシアの実際例(44歳男性)
【動画】44歳ディスレクシアの男性(工務店経営者)の方です。文字を1文字ずつ確認しながら読む「逐次読み」の症状が確認できます。文字⇔音の結びつきが弱く、単語として一纏めに読めない事が原因です。読みの負担にも繋がっています。※この方は、大人になっても逐次読みが残るほど、重度の方です。
その20%の全ての方がディスレクシアとは限りませんが、昔から読み書きが苦手な児童は一定数存在しており、その中にはディスレクシア特性を持つ児童も一定数いたと考えられます。
彼らの脳の特性は大きく変わらないと考えられるので、大人になっても、読みにくさや、読みに伴う疲れ、語彙知識の不足、また漢字など複雑な文字を書くのが苦手など、文字の読み書きに対する困難が隠れた形で続いている可能性があります。
大人の(軽度)ディスレクシアの背景
大人の(特に軽度)ディスレクシア特性を持つ方では、子供時代に読み書きが苦手であっても、代償的な方法を獲得しながら、苦手ながらも「ある程度は」読み書きができるようになったケースが多いと思います。
一方で、文字の読み書きの苦手さを残したまま大人になっていると考えられます。青年期以降では「勉強」「仕事」「生活」など、ディスレクシア特性が負担となるケースも多いようです。
大人になってからの読み書きの困難
学年が進むにつれて、読み書きに求められる勉強の難度が上がっていきます。長く複雑な文章の読みの問題がネックとなり進学や単位取得に支障が出るケースが増えてきます。また、仕事や生活での書類手続きで求められる読み書きは複雑です。彼らには大きな負担となります。
高校、大学受験になり「読み」の苦手さを意識しはじめた。
役所の手続き説明書などを読んでも、文字が多くて複雑で頭に入らない。
仕事でメールを読んだり書いたりするのが著しく苦手である。
学業や仕事での「読み間違い」「書き間違い」が多い。
長く複雑な文章を読むのが苦手で疲れる。
書こうとしても文字が思い浮かばない。
英語学習の難しさ
ディスレクシア傾向の認知的な弱さを持つ人の「英語学習」はとても難しいケースが多いことが知られています。英語学習が難しい理由として、ディスレクシアの人が苦手とする音韻処理負担が日本語の読み書きより遥かに大きいことが挙げられます。軽度であれ、ディスレクシア特性を持つ方には大きなハードルとなります。(さらに詳しくは⇒英語ディスレクシアについて)
他の科目に比べて、著しく英語が苦手である。
英語の長文をいくら努力してもスラスラ読めない。
英語の長文を読んでいると頭がとても疲れる。
長い単語、似た単語同士などを見ていると、綴りが混乱する。
全体的に文量の多い英語文がボヤけて見える。
いくら覚えても英単語の書き間違いがある。
ディスレクシアの脳機能メカニズム
ディスレクシア(発達性読み書き障害)特性の背景には、頭の中で文字と音を紐付ける「音韻処理能力」の弱さに加えて、目で見て文字の形や文字列を単語として認知する「視覚認知機能」の弱さなどが考えられています。それらの機能的な弱さの組み合わせ「スペクトラム(帯域状態)」として認知特性が表れます。
こちらの動画で詳しく解説しています
この「音韻処理能力」と「視覚認知機能」の弱さの背景にはディスレクシアの脳機能特性が関係しています。fMRI(脳機能イメージング)でディスレクシアの脳を調べた研究報告では、音韻処理に関わる「左頭頂側頭部(縁上回、下頭頂小葉)」の活動の弱さと、視覚認知処理に関わる「左下後頭側頭回(紡錘状回など)」の活動の弱さが報告されています。また、2つの機能の弱さを補うためか、下前頭回(ブローカ野)の特徴的な活動増加パターンも報告されています。
音韻処理の弱さ(頭の中で音をイメージする能力)
「音韻処理能力」とは文字を音に分解して頭の中で表象する機能のことです。私たちが「ぶた」⇒「たぬき」⇒「きりん」など、シリトリができるのも、単語の語頭と語尾の「音」を頭の中で思い浮かべて引き出せるからです。ディスレクシアの人ではこれらの能力が弱い方が多いのが特徴です。
視覚認知の弱さ(文字の形と綴りの視覚認知)
私たちは文字を習い始めた当初は、1文字ずつ逐次読みですが、慣れてくると文字の集まりを単語としてスムーズに認識することができます。文字の集まり情報が、単語として認識されているからです。ディスレクシアの人は文字列を一纏めに読む視覚認知機能が弱いのが特徴です。また、文字の形が思い浮かびにくいなど視覚性記憶の想起も苦手としている場合があります。
ディスレクシアの文字認知メカニズム
ディスレクシアの文字を読む難しさのメカニズムを、私たちが「おおさんしょうお」という文字を読む場合を例に説明したいと思います。まず文字を習い始めた人(小学校1年生)などは、非語経路で文字を1文字ずつ読みます。「お、お、さ、ん、し、ょ、う、お」と逐次読みします。1文字ずつ確かめながら読みます。
ですが、読むことに慣れてくると、語彙経路を使って読むようになります。文字列をひとまとまりの単語として認識することで「おおさんしょうお」という言葉を文の中に見つけることができます。頭の中に自動化された「視覚的な辞書」が形成されるので、そこに照合して読めるからです。
まず「おおさんしょうお」という単語を見ると、自然と大きくて黒い生物のイメージが頭の中に浮かんできます(語彙経路を介して意味が浮かび上がるということです)。そこからさらに自然と単語の読みが浮かび上がります(音韻出力辞書を介して、単語の読みの音を出力するのです)。
文の中にある見覚えのある単語を見つける(視覚辞書)
そのイメージを浮かべる(意味システム)
それに呼応する聞き覚えのある読み方(音)を引き出す
この一連のプロセスで文章を読んでいるのです。
つまり、文字を読むことに慣れている私たちは、意識しなくても頭の中で「単語の読み」が自然と自動化しているのです。文を読むときに文字を1文字ずつは読んでいないのです。
しかし、ディスレクシアの場合は、視た単語を自動的に検出する「視覚認知」と、スムーズに文字や単語の読み(音)を引きだす「音韻処理」が弱いので、意識的に文字に注意を向けて、なんとか頑張って、文字‐音韻変換で「お、お、さ、ん、し、ょ、う、お」と逐次読みするのです。
この読むときに負担の大きな頭の使い方が、ディスレクシアの方が文章を読むと疲れる(易疲労性)原因となっています。
ディスレクシアは治るのか?
音韻を中心とした読みのトレーニングで、一定の機能改善が見込まれることが報告されています。介入のタイミングとしては、脳の可塑性が高い時期での早期介入が理想ですが、大人でも一定の機能変化が報告されています。
機能改善は定型児童に近い脳の使い方へと変化することで読みのパフォーマンスが向上するパターンと、代償的な脳の使い方により読みの苦手さを補うことでパフォーマンスが向上するパターンの2つに分かれます。早期に介入した方が、より前者のパターンでの読みの改善がみられるようです。
子供(児童)の早期介入トレーニング
こちらの臨床研究では、6-9歳の77名の児童を対象に,音と文字の対応関係の正確さと流暢性を指標にした8 ヶ月の早期集中的な指導を行った研究です。【音韻的介入を受けた児童の熟読のための左後頭側頭葉系の発達について(Development of Left Occipitotemporal Systems for Skilled Reading in Children After a PhonologicallyBased Intervention)】
左の後頭-側頭領域や、読みに際して活動を示す左の下前頭回のブローカ野と、文字を音韻に変換することに関与する頭頂-側頭領域の賦活が報告されています。定型発達児が読みの際に示すのと同様の賦活パターンに近づき、右の側頭回内側部と右の尾状核の賦活が、介入指導後には見られなくなっていました。
左の読みに関わるシステムが発達したため、右の補完的なシステムが必要なくなった結果と考察しています。これらの脳機能の可塑性に関する研究から、読みを獲得する早い時期に、音韻に関わる学習を介入指導することによって、代償的・補完的な領域ではなく、本来読みに関与する領域の機能が利用される可塑的変化が示されました。
大人(成人)の読字トレーニング
大人のディスレクシアの読み書き障害の改善変化を調べた研究報告は少ないですが、こちらの2004年に発表された論文があります。【Neural Changes following Remediation in Adult Developmental Dyslexia(成人の発達性読み書き障害のトレーニング後の変化)】
この研究では、ディスレクシアを持つ成人のトレーニングの「前」と「後」における音韻操作課題中の脳活動の差異を明らかにしています。音韻をターゲットにしたトレーニングにより、非トレーニング群と比較して音韻操作のパフォーマンスが向上しました。これらの向上は両側頭頂葉および右頭頂葉周囲皮質における信号増加と関連していました。
この結果は、トレーニングによる大人のディスレクシアの行動変化には、①正常な読者が関与する左半球領域の活動の増加、②右脳周囲皮質の代償活動が関連していることを示しています。
つまり大人の場合は、定型者に近い脳活動のパターンでの改善と、代償的な脳活動パターンによる改善の2つの組み合わせとして、読みのパフォーマンスが改善したようです。
大人の読み書きLD体験談
①個人体験記
宮崎県で工務店をされている川野さん(男性43歳)の奥様が書かれた体験記があります。幼少期からディスレクシアと知らずに過ごしてきて、様々な葛藤や困難を乗り越えながらも、仕事と家族を持ち生きてきた貴重な体験記だと思います。
川野さんが読み書きの問題を抱えながらも、どう生きてこられたのか、周囲はどのように理解して支えてこられたのかについて読んでみてください。(触るグリフについても書かれていますが「おまけ」程度に読んでいただければ幸いです)
読み書きLD体験談一覧
ディスレクシア、ディスグラフィア、算数障害など、大人の読み書きLDの方の体験談を集めています。大人の読み書きLDの方の実態は正確には把握されておらず、ロールモデルとなる体験談が少ないのが現状です。読み書きの困難を抱えながらも、どのような仕事についているのか?どのような人生を歩んできたのか?など、読み書きLDの児童には将来の参考になるロールモデルが必要です。宮﨑言語療法室では、企業の社会活動の一貫として、読み書きLDの成人ロールモデルを集めています。是非、参考にしてください。
おとなのLD交流会、イベントの開催
触るグリフを開発製造している株式会社 宮﨑言語療法室では、合同会社Ledesone(本社:大阪府大阪市 読み:レデソン)が取り組む、18歳以上のLD(学習障害)当事者の困りごとを起点とした課題解決を目指す新たな取り組み「おとなLDラボ」を応援しています。
交流会・イベント開催 おとなLDラボではLD当事者の交流会の開催や大人のLDについて発信するイベントを開催しています。
今後の開催情報は以下から確認できます
大人の軽度ディスレクシアの負担軽減について
大人の軽度ディスレクシアには「複雑な文章を読むことの負担(疲労)」と「英語学習の難しさ」の2つがあると思います。日本語の問題に対しては「日本語の仮名と漢字の触読版シート」を販売しています。英語の問題に対しては「英語の綴り(スペル)の触読版シート」を販売しています。
代表 宮崎 圭佑 【資格・学位】 言語聴覚士免許 (国家資格) 修士号 (京都大学) 【経歴】京都大学大学院 人間健康科学系専攻 脳機能リハビリテーション科学分野卒業, 京都大学 医学部付属病院 勤務を経てサワルグリフ開業
触るグリフの利用相談を受け付けています。主宰言語聴覚士 宮崎が対応します。お気軽にご相談ください。
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