ディスレクシア(読み書き学習障害)の勉強法
【記事執筆者】
株式会社 宮﨑言語療法室 言語聴覚士 宮崎圭佑
学習障害(ディスレクシア,算数障害) への触覚学習利用を専門としています。【経歴】京都大学大学院 人間健康科学系専攻 脳機能リハビリテーション科学分野卒業,医療機関,京都大学医学部付属病院 精神科診療部を経て宮﨑言語療法室(株)を開業
(音声ガイダンス)
発達性ディスレクシア(読み書き障害)は、文字の読み書きに難しさを持つ学習障害です。全般的な知的能力には問題は無いけど、読み書きが特別苦手です。学習環境や本人が怠けているせいではありません。
ディスレクシア(発達性読み書き障害)の症状
・文字を読むのが苦手(読むのが遅い,読み間違いが多い)
・文字を読むと疲れる(易疲労性)
・文字(漢字など)を繰り返し書いても覚えられない
・文字を書くと崩れる
・英語学習が著しく苦手(英単語が覚えられない,英文が読めない)
読み書きが苦手な理由には脳の機能的な問題があげられます。彼らは、文字と音を結びつける「デコーディング能力」や、文字列をひとまとめの単語として認識する「視覚辞書能力」などに弱いのです。(文字を見ても、頭ので音と結びつかない、単語を見ても読み方が思い浮かばないなど)
小学校低学年の仮名レベルの学習は何とかクリアできても、学年が上がるごとに難しい漢字や複雑な文章が増えるにつれて、勉強についていけなくなります。中学になり英語学習が始まると、日本語の勉強以上に、英単語を覚えたり英文を読むなど英語学習での難しさ目立ってきます。学年が上がるにつれて「学業不振」というカタチで読み書きの課題が顕在化してくるわけです。
この記事では、文字のカタチや綴りを見ながら触れて学ぶ当教室の教材「触読学習(触るグリフ)」を利用したディスレクシアの勉強法について解説していきます。
【日本における読み書き障害の割合】
児童の読み書き能力を調べた調査(安藤,2002)では、低学年では3%ですが、読み書きの課題が難しくなる4年生以降では増加し、6年生では20%の児童が十分な読み書きの能力を持たずに卒業していることが報告されています。ですので、日本においてはディスレクシアは、ある程度の文字の読み書きができる人の中にひっそりと隠れて存在している状態なのです。
読み書きの負担を減らす勉強支援が大切
ディスレクシア(発達性読み書き障害)の勉強法で大切なことは「文字の読み書き」の負担を減らす事です。
特に「読み」が重要で「読むのが疲れる」「読み間違える」などのシンドさから、文字から離れてしまい、語彙が増えずに勉強が分からなくなります。そして学業不振となり学校に行くこと自体が嫌になります。
また「書く」ことにおいても、「漢字や英単語を何度も繰り返し書いても覚えられない」、「黒板の板書をノートに取ることが出来ない」など、日々の書くことのシンドさが理由で勉強に取り組むことが嫌いになる事にも繋がります。
本人に合った勉強法を行うことで、読み書きの「負担」を減らすことができます。学ぶこと自体が嫌いにならないような早めに介入が大切です。次に読み書きの負担を減らす学習方法の1つである「触るグリフ」を利用した触読学習について紹介します。
ディスレクシアは改善するのか?治るのか?
音韻を中心とした読みのトレーニングで、一定の機能改善が見込まれる事が報告されています。介入のタイミングとしては、脳の可塑性が高い時期での早期介入が理想ですが、大人でも一定の機能変化が報告されています。
機能改善は定形児童に近い脳の使い方へと変化することで読みのパフォーマンスが向上するパターンと、代償的な脳の使い方により読みの苦手さを補う事でパフォーマンスが向上するパターンの2つに分かれます。早期に介入した方が、より前者のパターンでの読みの改善がみられるようです。
子供(児童)の早期介入トレーニング
こちらの臨床研究では、6-9歳の77名の児童を対象に,音と文字の対応関係の正確さと流暢性を指標にした8 ヶ月の早期集中的な指導を行った研究です。【音韻的介入を受けた児童の熟読のための左後頭側頭葉系の発達について(Development of Left Occipitotemporal Systems for Skilled Reading in Children After a PhonologicallyBased Intervention)】
左の後頭-側頭領域 や,読みに際して活動を示す左の下前頭回 のブローカ野と、文字を音韻に変換することに関与する頭頂-側頭領域の賦活が報告されています。定型発達児が読みの際に示すのと同様の賦活パターンに近づき、右の側頭回内側部 と右の尾状核 の賦活が、介入指導後には見られなくなっていました。
左の読みに関わるシステムが発達したため,右の補完的なシステムが必要なくなった結果と考察しています。これらの脳機能の可塑性に関する研究から、 読みを獲得する早い時期に,音韻に関わる学習を介入指導することによって,代償的・補完的な領域ではなく,本来読みに関与する領域の機能が利用される可塑的変化が示されました。
大人(成人)の読字トレーニング
大人のディスレクシアの読み書き障害の改善変化を調べた研究報告は少ないですが、こちらの2004年に発表された論文があります。【Neural Changes following Remediation in Adult Developmental Dyslexia(成人の発達性読み書き障害のトレーニング後の変化)】
この研究では、ディスレクシアを持つ成人のトレーニングの「前」と「後」における音韻操作課題中の脳活動の差異を明らかにしています。音韻をターゲットにしたトレーニングにより、非トレーニング群と比較して音韻操作のパフォーマンスが向上しました。これらの向上は両側頭頂葉および右頭頂葉周囲皮質における信号増加と関連していました。
この結果は、トレーニングによる大人のディスレクシアの行動変化には、①正常な読者が関与する左半球領域の活動の増加、②右脳周囲皮質の代償活動が関連していることを示しています。
つまり大人の場合は、定型者に近い脳活動のパターンでの改善と、代償的な脳活動パターンによる改善の2つの組み合わせとして、読みのパフォーマンスが改善したようです。
ディスレクシア(発達性読み書き障害)への触読学習
ディスレクシアの勉強法として、触るグリフを利用した触読学習では、頭の中に文字のカタチや綴りの記憶イメージを作ることで、いくらか負担を減らすことが出来ます。
書く時には文字の「カタチ(形状)」イメージを想起の手がかりとして利用できます。文章を読む時には文字綴りの記憶に照合することで読みやすくなります。触るグリフの原理については「触読学習の原理的メカニズム」の資料をご参考にしてください。
ディスレクシアの日本語の読み書きの勉強法
触るグリフ日本語シート(標準版)は、日本語の読み書きが苦手なディスレクシアの人に向けて作られた教材です。
・文字を読むと疲れる(易疲労性)
・文字をスムーズに読むのが苦手(逐次読み,読み間違い)
・何度書いても文字(カタカナや漢字など)を覚えられない
など、読み書きの難しさを持つ方に対して、文字の形と綴りの記憶イメージを形成することで、読み書き時の負担を減らします。書く時は文字が思い出しやすくなり、読む時は読み間違いが減り疲れにくくなります。
大切なのは「仮名(平仮名,カタカナ)」⇒「単語(漢字含む)」⇒「基本漢字」の順番にシンプルな文字から複雑な文字の組み合わせへと段階的に触読学習していくことです。触るグリフでは2週間後に「仮名⇒短文⇒基礎漢字」と進めていくことで、2ヶ月で基本的な文字の記憶形成を行います。
複雑な文字もシンプルな文字の組み合わせで成り立っているので、まず簡単な文字から記憶を形成していきます。「見ながら触れて音読する」事で、視覚(視る)+触覚(触れる)+音読(聴覚)の3点から連合記憶を作っていきます。
仮名(ひらがな,カタカナ)の勉強法
仮名1文字をゆっくりと見ながら触れて音読します。文字のカタチの記憶を視覚(視る)と触覚(触る)の両方から強固かつ精緻に形成していきます。音読も行う事で音との連合記憶も形成します。ディスレクシアの方は、特にカタカナが苦手です。カタカナは漢字の土台ともなる基本文字なので、触読学習で記憶をしっかりと定着させると良いでしょう。
読みの勉強法
仮名単語や漢字を含む文章の文字列を「見ながら触れて音読」することで、単語の「ひとまとめ」の記憶を形成していきます。文字は1文字ずつ触れるのではなく、ひとまとめの文字列単位で触れていきます。音読も逐次読みで1文字ずつ読むのではなくて、単語としてひとまとめに読むことを意識して進めていきます。
漢字の勉強法
漢字をゆっくりと触れて確かめながら、カタチの記憶イメージを形成していきます。漢字は仮名に比べて複雑なので、見ながら触れて確かめた後で、もう一度目を閉じて触れるなど、イメージを繰り返し確認することも記憶の定着に繋がります。複雑な漢字の場合は、手で触れるだけでは内部の構造が把握しにくいので、手で触れた後に「空書(指文字)」で書いてみることで、より精緻かつ強固な漢字構造の記憶ができます。
詳しくは「ディスレクシアの漢字学習法」を参考にしてください。
ディスレクシアの英語学習の勉強法
触るグリフ「英語綴り(スペル)フォニックス対応シート」は、フォニックスに紐づけて英語のスペルを学ぶディスレクシアの英語学習に特化した触読版シートです。
デコーディングを苦手とするディスレクシアの人は「文字」と「読み(音)」の対応関係が複雑な「英語学習」がとても苦手です(日本語の読み書きよりも苦手な場合がほとんどです)。特に英単語を正確に覚える事は最も苦手かもしれません。
・いくら書いても英単語が覚えられない
・簡単な英文も読むことが出来ない。
・英文を読むと疲れる(易疲労性)
ディスレクシアの英語学習で有効なのは「英語の読み方(フォニックス)」と紐づけて、スペルを「見ながら手で触れるて確認する」方法です。
文字と読み(音)の対応が複雑な英語学習ではまず「読み方」を学ぶ必要があります。「フォニックスの音源を聴く」⇒「スペルに触れて確かめる」を繰り返します。
大切なことは、フォニックスルールのシンプルな読み方から、複雑な読み方へと段階的に進めていくことです。
「読み方」に紐づく英単語の「スペル」を見ながら触れて学ぶ事で、より強固かつ精緻な英単語の記憶学習が出来ます。新しい英単語を覚える場合も、身につけたスペル記憶の組み合わせパターンとして効率的に覚えることができます。